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八村塁選手はどうやって英語力を伸ばした?高校・大学でのエピソードも

米プロバスケットボールNBAのドラフト会議で、
ゴンザカ大学の八村塁選手が1巡目で指名を受けたニュースは日本中を駆け巡りましたね!

何といっても日本人として初の快挙!

かつて、あのマイケルジョーダン選手も在籍したことがあるウィザーズからの指名ということで
日本中が沸きました!

指名を受けた後のスピーチで八村塁選手は
ネイティブ並みに流暢な英語で話していましたよね。

高校卒業後に渡米してゴンザカ大学での留学生活が始まった八村塁選手ですが、
いったいどのようにして英語力を伸ばしていったのでしょうか?

八村塁選手の英語力について気になったので、いろいろ調べてみました。

この記事では、八村塁選手がどのようにして英語力を伸ばしていったのか、
高校時代や大学時代のエピソードなどもご紹介したいと思います。

八村塁選手のプロフィール


八村塁選手は、2019年6月21日(現地時間20日)に行われた米プロバスケットボールNBAのドラフト会議で、ワシントンD.C.に拠点を置くバスケットボールチーム・ウィザーズから1巡目9位で指名を受けました!

NBAのドラフト会議で指名を受けるのは、バスケットボール選手の憧れ!

それを実現した八村塁選手とはどんな人なのか
プロフィールを見てみましょう!

八村 塁(はちむら るい)
生年月日 1998年2月8日生まれ
年齢   21歳
出身   富山県
身長   206cm
体重   106kg
足のサイズ 34cm
家族  ベナン人のお父さん・日本人のお母さん・弟・妹
アメリカのゴンザカ大学に在学中のバスケットボール選手

富山市立奥田中学校に入学してから始めたバスケットボールで
大きな夢をつかんだ八村塁選手。

地元の富山はもちろんのこと日本中の子どもたちにとっても
大きな夢を与えてくれる存在になったと思います!

日本からアメリカ留学してスポーツを頑張りたい子が、
これから増えていくかもしれませんね!

八村塁選手はどうやって英語力を伸ばしたの?

八村塁選手は中学から高校までバスケットボール中心の毎日!
英語はあまり得意ではなかったようです。

でも、NBAのドラフトで指名を受けた後のスピーチでは
とてもなめらかな英語で熱い思いを語っていました!

スピーチはもちろん、立ち振る舞い方もとても良くて
本当にカッコよかった~!!

八村塁選手はいったいどのようにして英語の力を伸ばしていったのか
気になりますね。

これから、高校時代・大学入学前ESL時代・大学入学後に分けてエピソードも交えてご紹介します。

高校時代の英語力とエピソード!個別指導で猛勉強?

富山県出身の八村塁選手が進学した高校は、
宮城県の私立明成高等学校

男子バスケットボール部が全国大会で何度も優勝している強豪校として知られています。

バスケットボール部の選手だった八村塁選手は、
高校2年生でU-17世界選手権に出場した後いくつもの大学から勧誘を受けるようになって
その中からアメリカのコンザガ大学への留学を選びました。

ここで必要になってくるのが英語力

高校時代の八村塁選手はもちろんバスケットボール一筋だったので、
英語が特別得意というわけではなく

クラスメイトと一緒に授業を受けて定期テストを受ける
ごくごく普通の高校生だったんです。

ゴンザカ大学へ留学してバスケットボールを続けるためには、
NCAA(全米大学体育協会)の入学基準をクリアしなければならないので、
高校3年からは英語の勉強を必死で頑張ったそうですよ。

いったいどのようにして英語力を上達させたのでしょうか?

高校時代には、次のようなエピソードがあります!

文武両道を求められる米国で“文”の壁は高かった。全米大学体育協会(NCAA)には特待生になるための基準があり、SAT(大学進学適性試験)で数学と英語の試験をクリアする必要があった。高3の4月から集中的に勉強をスタートし、英語は米国人の先生、数学は担当教員を中心にマンツーマンで指導。夏休みには帰省時も米国人の先生がついて行き、貸し会議室を借りて英語を勉強したこともあった。土曜日の練習前の午前中や夜にも残って勉強した。(引用:スポーツ報知・記事より)

SATというのは、大学進学を目指すアメリカの高校生が受ける試験のことで、
日本でいえばセンター試験のようなものなんですが、

英語で書かれた問題に英語で答えるので、
日本人が受けようと思ったら結構ハードルは高いですよ!!

私の娘もSATを受けたことがあるのですが、
全部英語の問題を解くのは、本当に大変だったと話していました。

SATの英語はアメリカの高校生にとっては現代国語。

例えてみれば、
日本の大学入試の現代国語の問題が全部英語で書かれていて、
どれに英語で答える感じ・・・。

想像しただけでも難しそうですね!

入学基準をクリアするために、
八村塁選手は毎日7~8時間勉強したとか。

休みの日やバスケットボールの練習後にも英語の猛勉強をするのは
決して簡単な事ではなかったと思います。

きっと、アメリカでバスケットボールの夢を叶えるために
前だけ見て頑張ったのでしょうね!

渡米後ESLでの英語力とエピソード!日本語なしで猛勉強?

高校を卒業して渡米した後は、ゴンザカ大学の入学資格を得るために
さらにESLで英語を勉強!

ESLは英語を母国語としない学生が英語を習得するために勉強するための大学付属の英語学校です。

9月の入学までの3か月でTOEFLのスコアが大学の基準を満たさないと大学に入れないので、
八村塁選手は大学の支援を受けながら家庭教師について猛勉強

日本語を一切使わないで
家庭教師ともすべて英語で会話していた
というエピソードも。

大学の授業では専門用語もたくさん使われるし、
アメリカの大学では自分の考えを授業中に話さないと
何も考えてないと思われてしまうんですね。

成績には授業への貢献度も含まれるので、
おそらく自分の意見を述べるトレーニングも
たくさんしたと思いますよ。

日本語を一切使わないで過ごしたことから、
八村塁選手の覚悟を感じられますよね。

ESLで英語でのコミュニケーション能力と
大学の授業についていくための英語力。

これらを短期間で身につけるために
大学に入るまでの3か月間猛勉強したのでしょうね!

大学入学後の英語力とエピソード!楽しみながら猛勉強?

ゴンザカ大学に入学後も英語での苦労は続いたようです。

なぜなら、アメリカ人の学生たちが話すスピードはとても速いから・・・。

ある程度英語が話せるようになったとは言っても、
クラスメイトやバスケットボールの仲間と話すのは
教科書やESLのレッスンと同じようにはいかないですよね。

現地での習慣やアメリカ人なら誰でも知ってるジョークはわからないし・・・。

アメリカに留学中の娘も八村塁選手と同じことで悩んでいたので
よくわかります。

その上バスケットボールの選手だからと言って
学業の手を抜くことは絶対に出来ないんです。

なぜなら、大学の勉強で良い成績を取らないと
試合には出してもらえない
から・・・。

毎日授業の予習で何10ページも教科書を読んだり
レポートを書いたりテストを受けたり。

学業の他にも日々の生活で感じるストレスがあったし、
バスケットボールの練習でも
チームメイトとのコミュニケーションや
コーチの指示を理解できなくて苦労し悩んだことがある
そうです。

でも、バスケットボールへの情熱からそれを乗り越えていった!

バスケットボールにかける八村塁選手の情熱ってすごくカッコイイです!

大学1年の頃は英語でのコミュニケーションが十分に出来なくて
試合にはあまり出られなかった八村塁選手が
英語力を伸ばすために使ったのは何だと思いますか?

それは、若者に人気のラップや映画・ドラマ・ゲーム!

楽しみながら英語力を伸ばしていったんですね!!

これについては、チームメイトが次のようなエピソードを話しています!

僕らは彼と、常に一緒に過ごしていた。ありがたいことに、彼はラップを聞くんだ。そうやってコミュニケーションを取っていた。共通言語だね。彼は21サヴェージとドレイクを聞いていた。ルイは彼らが何と言っているのか分かっていたんだ。僕らは『ルイ、これは実際にはこういう意味なんだよ』と言わなければいけなかったよ。今彼は、僕よりも上手に英語を話すよ。(引用:THE ANSWER・2019.03.09記事より)

八村塁選手とチームメイトのやりとりが目に浮かんできますね!

チームメイトとの繋がりがだんだん強くなっていくにつれて
八村塁選手の英語力がみるみる上達していき、

英語力の上達がバスケットボールの試合での活躍にも
つながっていったんでしょうね!

まとめ

日本からアメリカの大学に留学することを決心して、
いつかNBAで活躍することを夢に突き進んでいった八村塁選手。

アメリカの大学でバスケットボール選手として活躍するためには
バスケットボールの才能や能力だけでなく
大学の授業について行けるだけの英語力が必要だったことがわかりました。

そして、ネイティブ並みの英語力を身につけるために、
八村塁選手は休むことなく努力を続けたことも。

今後、八村塁選手のウィザーズでの活躍が期待されますね!
ずっと応援していきたいなと思います。